僕が観た夢 彼女が観た景色

オレンジランプが書き綴る不定期連載のオリジナル小説です。

僕が見た夢 彼女が観た景色 4

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昨夜早めに寝たからか久美子との事にフッ切れがついたからか、この日は、いつもより気分良く現場事務所に辿り着くことが出来た。

 

今日は何事もなければ良いな・・・。

 

登場人物

 

栫優一 (カコイユウイチ)会社員 26歳 生まれ育った街を遠く離れて奔走する青年。

木島久美子 (キジマクミコ)会社員 27歳 優一の恋人

 

そう思ったのも束の間、現場事務所に入ると床一面にFAX用紙の山が出来ていた。

 

昨日、帰る時に鳴り響いた電話の音はこれだったのかもしれない。それにしてもすごい量だ。

 

 

でも、初めての事じゃない。

 

これはきっと、近隣住民からの苦情のFAX用紙の山に違いない。この前もそうだった。

 

先の大災害で倒壊寸前のこのビルだけどまだ入居者との折り合いが付かずに、復旧工事をするのか、立て替え工事をするのか未だに決まってなかった。

 

いい加減にしろ❗工事うるさい❗今すぐ壊せ❗

 

FAXの内容は大体そんな感じだった。そんな事を言われても僕は只のシステムエンジニア。建築会社の1部門の一人に過ぎない。

 

まあ、報告はするけど、、、。

 

入居者との話し合いも本社の担当部署と弁護事務所が掛け合っているらしいけど、うちの会社と入居者の意見は平行線のまま一向に進展の兆しすら見えないらしい。

 

それはそうだろう。

 

例え、天災が原因だと言え、誰も余計な出費をしたくない。

 

でも、この大きな箱が機能しないことには、その箱の電気、空調等の管理をするシステムの構築が僕の仕事なので、いつ本来の僕も仕事が始まるのかも、終わるのかも分からない。

 

今は、現場の良いように使われる便利屋というか、コマ使いになっている。

 

みんながやりたくない役回りや仕事が僕のところに廻ってくる。

 

まるで糸が切れた凧のような日々。

 

これといった仕事と言えば現場に居る作業員のご機嫌とりと苦情を聞くこと。

 

はぁ~。

 

この日初めての溜め息が出た。

 

ここに来て何回目だろう。自分がドンドン辛気くさくなっていく。

 

さっきまでの爽快な気分もどこかに行ってしまった。

 

僕はいつも通りに目の前にある懸案事項を片付けることにした。FAX用紙の山を片付けながら溜め息がまたひとつ。

 

その時、スマホの着信音が鳴った。

 

メールだ。

 

FAX用紙を無理やりゴミ箱に入れてスマホを手に取った。

 

画面に目をやるとメールの相手は久美子だった。

 

やられた~。

 

さっきまでは、久美子に朝一番で謝まろうと思ってたのに、FAXの件で完全に後手に廻ってしまった。

 

『どんな時だって連絡とるのは私からばっかりなんだね。優君は私のことどう思っているのかな。』久美子から来たメールの内容はこんな感じだった。

 

『いつもごめん。久美子の事は大事にしたいし、いつも一緒に居たいと思っているよ。ただ・・・』僕は久美子にメールの返信を打ちながら、いつもの様に言い訳がましい自分に少し苛立ちを覚えた。

 

『ただ・・・。日々の生活に追われてて、心に余裕が出来なかった。ごめんね。』これが今の精一杯だった。

 

久美子にメールを返信した後は、もう一つの優先事項の健康診断の受診先の検索を行った。

 

数件の総合病院に連絡をすると明日の午前中から早速、健康診断の受診の予約が取れた。病院は嫌いだけど、僕が健康診断を受診しない事で色んな人に迷惑がかかるので、これも業務として素直に受診することにしよう。

 

健康にもそろそろ気を付けないとなぁ。独り暮らしを初めてからと言うもの食事も栄養が片寄っているし、ストレスもここのところはかかっているだろう。

 

僕は、この日は早々に仕事を片付けて明日の健康診断に備えることにした。

 

夜8時以降はお水とお茶以外は口にしちゃいけないらしい。

 

夜中にお腹が空いたら嫌だから今夜は早く寝よう。この日は、日課の弁当屋に寄る事もなく、真っ直ぐ家に帰り、寝ることにした。

 

『おやすみなさい』僕は誰も居ない部屋で挨拶をして目を閉じた。今日と言う日ともこれでさよならだ。

 

 

僕が見た夢彼女が観た景色 3

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毎日、仕事、仕事、仕事。仕事が終わると、お弁当を買って、自宅のアパートで一人食べる。彼女とも遠距離で上手くいってない。そんな、栫優一(カコイユウイチ)の奮闘を書いています。

 

夜が明けた。そしていつもの朝。

 

登場人物

 

栫優一 (カコイユウイチ)会社員 26歳 生まれ育った街を遠く離れて奔走する青年。

木島久美子 (キジマクミコ)会社員 27歳 優一の恋人

 

 

 僕はスマホの目覚ましの音で目を覚ますと、急いでシャワーを浴びて昨日脱ぎ散らかしていた作業着をそのまま来た。

冷蔵庫の中からコーヒーの紙パックを取り出してコップに注いだ。

 

コーヒーは残りわずか・・・。

 

近所のスーパーで、賞味期限切れ間近の2割引きでいつも買ってくるこのコーヒーだけどもう飽き飽きしていた。

 

買いに行くのも、これを飲むのも。

 

でも、また買うのだろう。

 

いつもの事だ。

 

こんな生活になってしまって僕は、変化を望まなくなった。この街に来たときはワクワクしていて歩いてアパートの近所を歩き回った。

 

今までと違う風景と風の温度に少し興奮した。

 

そして、もっと行動範囲を広げようと思って自転車を買った。

 

行動範囲はグッと広がって、休みの日はずいぶんと遠くへと自転車を漕いで出かけた。

 

でも、半年前から急に仕事が忙しくなり自転車にも乗れなくなった。スーパーは歩いていくには少し遠いので自転車じゃないと行く気がしなくなっていた。

 

ある日の夜。

 

たまたま少し早く帰ってこれたので、自転車に乗ってスーパーに買い物に行こうと思った。自宅に荷物を放り投げて自転車の鍵を手に取り階段を駆け下りてアパートの下にある駐輪場に向かった。

 

でも、そこにはホームセンターで2万円位で買った僕の赤い自転車は無かった。いつも端っこの壁にもたれかけて置いてた僕の自転車。

 

いつもの場所にあの赤い自転車は無かった。呆然としながらもその付近をしばらく探したけれど僕の赤い自転車は見付からなかった。

 

盗まれたのだろうと思った。

 

警察に連絡して被害届を出して色々調べてもらったけれど今だに見つかっていない。

徒歩よりも行動範囲を拡げようと思って買った自転車。

 

僕が変化を求めたから買った赤い自転車。

 

盗まれたのだろうから、盗んだ奴が悪いのに僕は自転車に申し訳ないと自分を責めた。僕が悪いんだと。

 

仕事が忙しくて中々乗れなかったから。大事にしてあげなかったから。だから盗まれたんだと自分を責めた。

 

それから、僕は変化を望まなくなった。

 

帰り道も弁当も飲み物も。いつも一緒だ。

 

今の仕事の環境も自分の将来も変化は望まない。受け入れるだけだ。僕はただ良い人ぶって、流れに身をゆだねて流れるだけだ。不満もあるし、不快な思いもするだろうけど、自分からは動かない。

 

もう、自分から動いて変化を求めて悲しい思いや失敗をすることは嫌だから・・・。

 

変化を望んで嫌な思いをするのはもうこりごりだ。昔からそうだった。

 

僕には昔、高校三年間付き合った彼女が居た。高校卒業間近になって僕は彼女との関係に変化を求めた。折角の高校3年間をこの女性一人の為に捧げるのは勿体無いと思ったのかもしれない。

 

マンネリだった彼女との関係に終止符をうとうと僕は彼女に別れを告げた。

 

電話口で彼女は『私の事嫌いになったの?』

と泣きじゃくった。僕は『そうじゃないけど・・・。』と言い『元気でね。』と言い残して電話を切った。

 

次の日の学校は憂鬱だった。顔をあわす友人達は口々に『彼女となぜ別れたんだ』と訊かれた。

 

誰にも言ってなかったのに学校中に噂が広がっていた。

 

特に理由はなかった。いつもと同じ生活が嫌になっただけだと思う。

 

彼女の事が嫌いになったわけでもなかった。

 

僕はきっと変化が欲しかったんだ。

 

男友達も女友達も関係無く僕は責められた。自分勝手だ。一方的すぎると。

 

誰にも訳は言ってないのに。

 

ほっといてくれと思ったけれど、学校中の話題は僕たちの事で持ちきりだった。

 

3年間付き合ってた二人が別れた。このまま結婚するかと思ってた二人が別れた。

 

同学年も下級生も噂をしていた。

 

なにか大きな問題があったに決まっていると。

 

大きな問題?

 

そんなの無かった。

 

別れの時の彼女は間違いなく、まだ僕に僕に好意を持っていたし、僕も彼女を嫌いになった訳じゃなかった。

 

別れた原因はひとつ。

 

僕が変化を求めたからだった。

 

あの別れを告げた電話以来、彼女の姿は学校になかった。仲が良かった彼女の母親からもスマホに電話があり激しく叱責された。

 

『娘が何かしたのか』と。

 

『いや別に・・・。』そう答えるのが精一杯だった。

 

彼女の母親は『高校生になってまであなたの恋愛ごっこにうちの娘を巻き込まないで!あの子をあんなに傷付けて!私はあなたを絶対に許さないから。』彼女の母は一気に捲し立てた。

 

『すみませんでした。』こう言うことが精一杯だった僕は、震える指で電話を切った。

 

自分の親にも学校の先生達にも滅多に怒られないのに・・・。

 

この時久しぶりに大人に本気で怒られた。

 

今あの時を思い出して考えると僕はきっと、彼女を取っ替え引っ替え付き合っては別れるを繰り返す友人が羨ましかったのかもしれないと思った。

 

別に不幸では無かったのに満たされていると言う環境に僕は変化を求めて、そして、最悪になった。

 

僕は別れた後も彼女を愛してた。夜中に何度も何度も会いに行った。電話もした。メールも数えくれないくらい送った。

 

そして、彼女の母親に『もう二度とあの子に関わらないで。あの子をこれ以上悲しませないで。不幸にしないで!』と言われた。

 

僕と関わると彼女は不幸になる。・・・。確かにそうだと思った。自分勝手な考えから別れを告げて、自分勝手によりを戻そうとしている。

 

僕は打ちのめされた。僕は自分勝手な人間なんだ。こんな自分勝手な人間と関わると不幸になる。

 

僕は部屋に籠った。家族にも申し訳無く思い会えなくなった。

 

大学進学を控えていたけど、勉強も手に付かず、結局志望校は2ランクも3ランクも落とした。

 

何とか合格して大学生にはなれたけど、浮かれる気分にはなれなかった。

 

彼女は僕が受ける筈だった大学に合格したと聞いた。僕が通うことになる大学よりも2ランクも3ランクも上の大学だ。

 

『おめでとう。頑張ったね。』そう言いたかったけど、止めた。僕と関わると不幸になるから・・・。

 

こんな事があったから大学も4年間は地獄だった。

 

本来自分はここに居るべき人間じゃないんだと言う思いもあったかもしれない。編入しようかと思ったけど、あの時に変化は求めないと決めたんだ。

 

だからただ流れに身を任せて、時間が過ぎるのを待ち、社会人になった。

 

彼女を作る気になんかなれなかった。久美子に出逢うまでは・・・。

 

こんな事を考えると無性に久美子の声が聞きたくなった。今夜こそ久美子に自分から連絡しよう。

 

そして謝ろう。

 

『今までゴメン』と。

 

僕は久しぶりに気分よく自宅アパートを出た。

 

『よし! 頑張ろう。』そう言いながら。

 

読んでいただいてありがとうございます。

 

その4に続きます。

 

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僕が見た夢 彼女が観た景色 2

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第一章 日常

 

登場人物

 

栫優一 (カコイユウイチ)会社員 26歳 生まれ育った街を遠く離れて奔走する青年。

木島久美子 (キジマクミコ)会社員 27歳 優一の恋人

 

 

スマホに届いたメールを嫌な気分で開けてみると、差出人はいつも僕にダメ出しを行う上司の尾山課長だったけど、そのメールの内容は総務部からの転送だった。

 

健康診断受診のお願い。 

 

メールの冒頭に書いてあるこの文字を見ただけで、僕は総務部の皆さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

忘れてたからだ。

 

毎年、6月中までに会社の健康診断を指定の病院で行って、その検査結果を総務に提出すると言うのが全社員の義務だった。本社にいた時は、この日は健康診断の日という事で病院側から医師と看護師が出向いて来てくれて、色んな検査をやってくれていた。

 

でも、今は・・・。

 

単身で本社から遠く離れた場所で、一人業務を行う僕の為にわざわざ出向いてくれる病院なんて無かった。だから、いつもの健康診断の時期よりも早めに本社の総務部の方から手配された病院で健康診断を受診する手筈だった。

 

だった・・・。

 

総務部から手配された日は、忙しいも忙しい日で、とてもじゃないけど火の車の様な、この現場を離れて自分だけ『健康診断に行ってきます。』という訳にはいかなった。

 

その内行こう。その内行こう。

 

は、行かなかった。

 

いや、行けなかったのだ。

 

自分で近所の病院に健康診断の手配をしようと思っていたど、会社が指定する検査が出来る設備が整ってない病院だったり、整っている病院は流石に人気で、僕が行きたい日程での検査の空きは無かった。

 

そして、今日に至った。

 

総務部のお決まり文句の様なメールの後に、尾山課長が打った文言が足されていた。

 

『お前のせいでみんなが迷惑している。怒られるのはいつも俺なんだから、いい加減にしろ。すぐに健康診断を受けて結果を本社宛に郵送しろ。お前のせいで当課のみんなが迷惑している。』

 

はぁ~。

 

僕は大きなため息をついた。いい加減にして欲しいのはこっちの方だ。確かに健康診断を受けていないのは僕だけど原因はこの忙しさだ。

僕がどれだけ改善の要望を出しても予算がない、人が居ないって取り合わないくせに・・・。

 

こっちの言い分も聞いてくれよな。

 

はぁ~。

 

溜息は止まらない。

 

会社が下請け会社の為にと建てたプレハブの現場事務所の中で一人天井を見上げた。

壁に掛けてある時計に目をやると20時を過ぎていた。現場で汗を流しながら頑張ってくれていた作業員達は誰も残っていない。

 

当然だろうけど、最近は残業なんかも無く定時の17時でみんな帰って行く。

 

ここに残っているのは、いつも僕一人だ。

 

現場が回らなくて怒られるのも僕。

 

現場が上手くいけば、みんなのお陰。

 

こんな生活がもうすぐ1年。

 

やってらんないな。

 

僕より楽をしている上司や新入社員の癖に頑張ろうという心意気を持ってない人間も沢山見て来た。

 

昔から損な役回りは、いつも僕の役目。

 

小学生の時もクラスで何かがあれば疑いを掛けられて、大学の時も事あるごとに僕が悪者にされた。

 

『何でこうなんだろう。』誰もいないプレハブ小屋に声が響いた。

 

はぁ~。

 

また、ひとつ。

 

ここで、ため息をついても何も始まらない。帰ろう。僕は手早く荷物をまとめると、エアコンを消して電気を消して、現場事務所のガラスドアの鍵を閉めた。

 

その瞬間、電話機のランプが点灯して呼び出し音が鳴り響いた。

 

もう気にしない。

 

僕は帰ると決めたんだ。誰がこんな時間から仕事を受ける?と言うか誰がこんな時間に電話かけて来るんだ・・・。普通居ないよこんな時間に・・・。

 

僕は、電話の音も明日の朝にこの電話が原因で怒られる事になるかもしれないという思いを振り切って帰宅の路についた。

 

タブレットと財布とスマホが入ったバックを肩から掛けて歩道を歩く。ここから、住まいのアパートまでは徒歩で15分ほど。帰り道に弁当屋で弁当を買って一人食べる。これがこの後のいつもの日課。

 

現場事務所とアパートの中間にある弁当屋に着く。

 

『いらっしゃい。』いつものおばちゃんが出迎えてくれる。

 

僕は考えるふりをしながら『唐揚げ弁当』と注文をする。毎日同じメニューを注文している。唐揚げが大好きと言う訳でも無いけど、不味くもない。ここに通いだして最初の頃は色んな物を選んだりしたけど、失敗もあった。疲れて帰ってハズレた弁当を食べる時の絶望感ったらなかった。

 

その予防策の為にも毎回これを選ぶようになった。

 

毎回同じものを選ぶ理由はこれだけじゃなくて、ただ、毎回選ぶのも面倒になったという事も大きな理由の一つかもしれない。

 

毎日毎日孤独な闘いの中での何を食べるか?とか言うつまらない事で頭を使いたくなど無かった。

 

『お待ちどうさま。540円ね。』おばちゃんは元気に言う。

 

僕はあらかじめ用意しておいたお金をおばちゃんに渡した。この時、丁度渡さないと、おばちゃんのびしょびしょに濡れた手に握られたおつりを返されることになる。

これもいつも同じものを選ぶ理由の一つだった。

 

『いつも遅くまで大変ね。唐揚げと味噌汁サービスしといたから頑張ってね。』おばちゃんはいつも通りに屈託のない笑顔でお弁当を僕に渡してくれた。

 

『いつもありがとうございます。』僕がかえす。

 

『こっちの人間じゃないのに頑張らせて悪いね。私たちもお兄さん応援しているから頑張ってよ!』そう言って奥の厨房のおばちゃん達にも同意を求める。

 

『こちらこそありがとうございます。』僕は少し照れながらお礼を言った。おばちゃん達に頭を下げてお店を出た。

 

よくよく考えたら、今日初めての会話と言う会話だったのかもしれない。

 

家に着いて荷物を置いて、さっき買った唐揚げ弁当を食べ始める。通常4個入りの唐揚げが6個入っている。おまけに味噌汁までサービスしてくれた。

 

ありがたい。

 

本当にありがたい話だ。顔なじみってちょっと気恥ずかしいけれど、僕の存在を認めてくれる存在がありがたかった。本音を言えば味噌汁は合わせ味噌じゃなくて、幼い頃から食べ慣れた赤味噌が良いんだけどなとか思ったりしながら、夕食をかき込んだ。

 

孤独な夕食が終わると間髪入れずにスマホの着信音が鳴り響いた。

 

画面をのぞくと今度こそ久美子からだった。僕は時計に目をやりながら電話に出た。

 

『もしもし、優君。なにしてるの?』電話に出たとたん久美子の声が走る。

 

『ん、今ご飯食べてたところ』僕が答える。

 

『遅いねぁ~。相変わらず。ちゃんと野菜も食べないとだめだよ。』久美子がまるで母親のような口調で言う。

 

『分かってるよ。そんなこと言わなくたって。』実際野菜なんて唐揚げ弁当の付け合わせに申し訳程度についているキャベツしか食べてないので少し声を荒げてしまった。

 

『なに、その言い方。せっかく声が訊きたいかなと思って電話してあげたのに。もういいよ。』久美子が不機嫌に言った。

 

『そんなつもりじゃないけど、怒んなくてもいいじゃん。』僕がそう言うと。スマホの画面には通話終了の文字が・・・。

 

どうやら久美子が電話を切ったらしい。

 

勝手にしろ!

 

僕はイラっとしてスマホを投げつけたい衝動にかられた。でも、壊れるのは嫌なのでベッドの上に投げつけた。

 

『こんなんばっかりだ。』

 

前はこんなんじゃなかったのに。

 

僕の転勤と言うか長期出張が僕と久美子の距離をどんどん話していく。二人の体の距離と心の距離が日増しに離れてしまって行っている。

 

帰りたいのか?

 

彼女の元に。

 

正直、自信がなかった。今すぐ久美子のところに帰ったとしても以前のように戻れる気がしない。遠距離恋愛というものがこんなにお互いの気持ちを離れ離れにしていくのかと悲しくなった。

 

僕はさっぱりするためにさっとシャワーを浴びて、髪もまだ乾かぬままにベッドに横たわった。

 

はぁ~。

 

また、ひとつ。

 

『おやすみさない』

 

僕は誰もいない部屋で誰の耳にも入る事のないお休みの挨拶をした。そして、ゆっくりと目を閉じた。

 

もうこれ以上、今日はため息をつきたくなかった。

 

僕は今日と言う日に別れを告げた。

 

 

 

その3につづく。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。感謝いたします。

 

 

 

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僕が見た夢 彼女が観た景色 1

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<プロローグ>

そこは一面の白い世界だった。彼女はここで生まれ、ここで育ち、そして、この街を出た。今僕は彼女がかつて踏みしめていたであろう場所に立ち、そしてその冷たい空気をこの胸いっぱいに吸い込んだ。

 

※本ブログの内容の無断転載・無断使用、及び一部利用を固くお断りいたします。

 

第一章

 

 災害の復旧という事で初めてこの町を訪れたとき。僕はこの町の美しさと、この町で生活を営んでいる人々の優しさや温かさに惚れた。


あれから、もうすぐ1年。すっかりこの町の生活にも慣れてしまって以前住んでいた街には、もう戻ろうとは思わない。


付き合っている恋人の久美子には悪いけど、僕は多分、もう君との街では暮らせないと思っているよ。

 

この街で未曽有の大災害が起こって2年という歳月が過ぎたのだけどど僕の仕事はまだまだ終わりそうもない。

 

たとえ終わったとしても僕はこの町を出ていくつもりは全くなかった。


もし、今の仕事にある程度の目処がついて、上司から戻ってこいと言われたら帰る事を考える事になるかもしれないけど、今のこの街の現状を見るとそれも杞憂に終わってしまいそうだ。


僕の仕事はシステムエンジニア

 

通称SE。

 

SEの仕事って一般的には会社の一角でPCを使ってやる仕事なんだけど日々変わる状況に対応させる必要がある今のプロジェクトでは現場の視察やその視察の結果で仕様変更を余儀なくされることも少なくない。

 

毎日、満員電車に揺られて通勤していたころに比べれば、貧弱だった僕の体は陽にも焼けたし、筋肉もついたんじゃないかな。


だって現場に行くと僕と違って屈強な男達が急な段取りの変更とかで力仕事を手伝ってと言ってくることもあったからだ。

 

男として生まれたからにはひ弱なところを見せられないって言うちっぽけな自尊心のせいで僕は現場仕事に付き合わされる。

 

断れば良いものを。

 

でも、出来ませんの一言が言えない僕は、度々彼らを困らせる事になった。

 

その度に彼らとは生きてきた世界が違うんだなと思ってしまう。

 

どう考えても体の作りが違った。どんなに頑張ってもどんなに歯を食いしばってもその頃の僕の体では彼らの仕事の段取りを手助けできる体力も知恵も技術も無かった。

 

でも、負けたくなかったんだ。

 

だから、スポーツジムに通いだした。

彼らの前でこれ以上恥ずかしい姿を見せたくないと思ったからこそ少ない給料の中から毎月の月謝を捻出して僕はしばらくスポーツジムに通っていた。


まあ、最近は仕事が忙しすぎて、そのスポーツジムにも通えてないけれど。

 

仕事仕事の毎日で、自分の健康管理も将来設計も出来やしない。

 

こんな筈ではなかった。

 

大学3年の時に就活で早々に今の会社に内定をもらった時は自分の中でしっかりと将来設計も出来ていたし、ひょっとしたら今位の年で結婚もしていたかもしれないと思った。

 

どこで歯車が狂いだしたのだろう。

 

26歳。

 

同期の中にも大学時代の友人の中にも、結婚をして家庭を築きながら仕事を頑張っている人間も居るのに・・・。

 

僕は何をやっているのだ・・・。

 

こんな地元から離れた遠い街で一人で・・・。

 

久美子との事だってそうだ。大学を卒業して会社に入り、その会社の受付嬢をしていたのが、今の恋人の久美子。年は僕の一つ上の27歳。付き合ってもう4年にもなる。

 

お互いの親にも紹介していたし、友人たちの中でも仲睦まじいと評判だった。

 

だった・・・。

 

過去形だ。

 

彼女の方はどうか分からないけれど、僕の方には余裕がなかった。

慣れない場所での慣れない仕事。毎日毎日が仕事仕事仕事。ただその繰り返し。

現場と現場の事務所と会社に借りてもらっているアパートの三角地帯をぐるぐると徘徊しているだけの生活。

 

たまにコンビニや仕事帰りに総菜屋に寄るくらい。

 

寂しいものだ。

 

でも、この仕事は嫌いじゃないし、決してこの街が嫌いなわけでもない。それは、自分が必要とされていて、体を動かしながら働けることでの充実感からくるのかもしれない。

 

たまに、本社からの電話やメールにイライラすることはあるけれど、彼らもここに来れば分かると思えば、何とかやりきれている。

 

この街に来て、もうすぐ1年。

 

海も山も近いこの街では、生まれ育った街とは違って四季の移り変わりを感じる事が出来るので飽きる事もない。

 

それも帰りたくない理由の一つなのかもしれない。

 

もう一年か・・・。早いものだ。

 

そう言えば、久美子とはもう2か月も会っていない。彼女がGWの休みを利用して、この街に来てくれて一緒にレンタカーに乗って、この街を案内した時以来会っていない。

 

最近はメールのやり取りも電話でのやり取りも彼女からの一方通行になりつつある。

 

このままでは、本当にヤバいな。俺たち。

 

僕は彼女を愛していると思う。でも彼女はどうだろう。最近、あんまり話せていないし会えていないせいか彼女が僕の事をどういう風に思っているのか自信が持てなくなっている。

 

『僕の事をどう思っているの?』と何度か訊きたいと思ったけれど、彼女の返事が怖くて訊けないでいる。

 

本当にヤバいな。

 

でも、僕たちの関係を修復させるいい方法も浮かばないし、まさか遠距離恋愛になるなんて思っても居なかったから、対処する術が分からないでいる。

 

そんな事を考えていたら鞄の中のスマホからメールの着信音が聞こえた。

 

きっと、久美子からだ。仕事が終わりそうなこの時間は彼女から決まってメールが来る。

 

鞄からスマホを取り出して見てみると残念。メールの差し出し先は会社の上司からだった。

 

はぁ~。

 

僕は深い溜め息をついてメールを開封した。嫌な予感しかしない。いつもの叱責か僕の仕事ぶりへのダメ出しに違いない。

 

つづく・・・