僕が見た夢 彼女が観た景色 1
<プロローグ>
そこは一面の白い世界だった。彼女はここで生まれ、ここで育ち、そして、この街を出た。今僕は彼女がかつて踏みしめていたであろう場所に立ち、そしてその冷たい空気をこの胸いっぱいに吸い込んだ。
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第一章
災害の復旧という事で初めてこの町を訪れたとき。僕はこの町の美しさと、この町で生活を営んでいる人々の優しさや温かさに惚れた。
あれから、もうすぐ1年。すっかりこの町の生活にも慣れてしまって以前住んでいた街には、もう戻ろうとは思わない。
付き合っている恋人の久美子には悪いけど、僕は多分、もう君との街では暮らせないと思っているよ。
この街で未曽有の大災害が起こって2年という歳月が過ぎたのだけどど僕の仕事はまだまだ終わりそうもない。
たとえ終わったとしても僕はこの町を出ていくつもりは全くなかった。
もし、今の仕事にある程度の目処がついて、上司から戻ってこいと言われたら帰る事を考える事になるかもしれないけど、今のこの街の現状を見るとそれも杞憂に終わってしまいそうだ。
僕の仕事はシステムエンジニア。
通称SE。
SEの仕事って一般的には会社の一角でPCを使ってやる仕事なんだけど日々変わる状況に対応させる必要がある今のプロジェクトでは現場の視察やその視察の結果で仕様変更を余儀なくされることも少なくない。
毎日、満員電車に揺られて通勤していたころに比べれば、貧弱だった僕の体は陽にも焼けたし、筋肉もついたんじゃないかな。
だって現場に行くと僕と違って屈強な男達が急な段取りの変更とかで力仕事を手伝ってと言ってくることもあったからだ。
男として生まれたからにはひ弱なところを見せられないって言うちっぽけな自尊心のせいで僕は現場仕事に付き合わされる。
断れば良いものを。
でも、出来ませんの一言が言えない僕は、度々彼らを困らせる事になった。
その度に彼らとは生きてきた世界が違うんだなと思ってしまう。
どう考えても体の作りが違った。どんなに頑張ってもどんなに歯を食いしばってもその頃の僕の体では彼らの仕事の段取りを手助けできる体力も知恵も技術も無かった。
でも、負けたくなかったんだ。
だから、スポーツジムに通いだした。
彼らの前でこれ以上恥ずかしい姿を見せたくないと思ったからこそ少ない給料の中から毎月の月謝を捻出して僕はしばらくスポーツジムに通っていた。
まあ、最近は仕事が忙しすぎて、そのスポーツジムにも通えてないけれど。
仕事仕事の毎日で、自分の健康管理も将来設計も出来やしない。
こんな筈ではなかった。
大学3年の時に就活で早々に今の会社に内定をもらった時は自分の中でしっかりと将来設計も出来ていたし、ひょっとしたら今位の年で結婚もしていたかもしれないと思った。
どこで歯車が狂いだしたのだろう。
26歳。
同期の中にも大学時代の友人の中にも、結婚をして家庭を築きながら仕事を頑張っている人間も居るのに・・・。
僕は何をやっているのだ・・・。
こんな地元から離れた遠い街で一人で・・・。
久美子との事だってそうだ。大学を卒業して会社に入り、その会社の受付嬢をしていたのが、今の恋人の久美子。年は僕の一つ上の27歳。付き合ってもう4年にもなる。
お互いの親にも紹介していたし、友人たちの中でも仲睦まじいと評判だった。
だった・・・。
過去形だ。
彼女の方はどうか分からないけれど、僕の方には余裕がなかった。
慣れない場所での慣れない仕事。毎日毎日が仕事仕事仕事。ただその繰り返し。
現場と現場の事務所と会社に借りてもらっているアパートの三角地帯をぐるぐると徘徊しているだけの生活。
たまにコンビニや仕事帰りに総菜屋に寄るくらい。
寂しいものだ。
でも、この仕事は嫌いじゃないし、決してこの街が嫌いなわけでもない。それは、自分が必要とされていて、体を動かしながら働けることでの充実感からくるのかもしれない。
たまに、本社からの電話やメールにイライラすることはあるけれど、彼らもここに来れば分かると思えば、何とかやりきれている。
この街に来て、もうすぐ1年。
海も山も近いこの街では、生まれ育った街とは違って四季の移り変わりを感じる事が出来るので飽きる事もない。
それも帰りたくない理由の一つなのかもしれない。
もう一年か・・・。早いものだ。
そう言えば、久美子とはもう2か月も会っていない。彼女がGWの休みを利用して、この街に来てくれて一緒にレンタカーに乗って、この街を案内した時以来会っていない。
最近はメールのやり取りも電話でのやり取りも彼女からの一方通行になりつつある。
このままでは、本当にヤバいな。俺たち。
僕は彼女を愛していると思う。でも彼女はどうだろう。最近、あんまり話せていないし会えていないせいか彼女が僕の事をどういう風に思っているのか自信が持てなくなっている。
『僕の事をどう思っているの?』と何度か訊きたいと思ったけれど、彼女の返事が怖くて訊けないでいる。
本当にヤバいな。
でも、僕たちの関係を修復させるいい方法も浮かばないし、まさか遠距離恋愛になるなんて思っても居なかったから、対処する術が分からないでいる。
そんな事を考えていたら鞄の中のスマホからメールの着信音が聞こえた。
きっと、久美子からだ。仕事が終わりそうなこの時間は彼女から決まってメールが来る。
鞄からスマホを取り出して見てみると残念。メールの差し出し先は会社の上司からだった。
はぁ~。
僕は深い溜め息をついてメールを開封した。嫌な予感しかしない。いつもの叱責か僕の仕事ぶりへのダメ出しに違いない。
つづく・・・